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荒木町だんじり紹介

ページID:0275005 更新日:2026年11月1日掲載 印刷ページ表示

荒木町

表1
宮入り神社 夜疑神社
製作 昭和59年
大工 𠮷野 為雄
彫物師

筒井 嶺火萃 

彫物図柄

表2
見送り

​(下段)大坂夏之陣

(上段)本能寺の変

土呂幕 正面 藤吉郎初陣の高名 富士川に伊藤日向守を討つ
右面 木村長門守重成 単騎部下を救い出す
左面 独眼竜正宗 松川に岡野左内と戦いて虎口を脱す

特徴

 天正6年(1578)荒木村重は信長に反旗を翻し有岡城(伊丹市)に籠城しました。これに激怒した信長は有岡城を落とし、一族郎党をことごとく処刑しました。ところが、ただ一人村重の末子・新太郎だけが命拾いし潜み隠れました。やがて成長した新太郎は源太夫と名乗り、八木城あとの荒地を開拓し当地きっての豪農となりました。人々はいつしかその辺りを「荒木村」と呼ぶようになったと言います。「𠮷為」こと𠮷野為雄の看板だんじりと言われ、現在活躍中の多くの彫刻師を育て上げた筒井和男の代表作でもある。独創性に富んだ彫物図柄は以降に製作されるだんじりの良い見本となっている。屋根型は軒唐破風扇垂木。