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岸和田の農業・漁業

更新日:2011年6月16日掲載 印刷ページ表示

岸和田は農業も漁業もがんばっています

 東日本大震災に伴う津波や原発事故で、東北や関東など被災地の農業や漁業は壊滅的な打撃を受けました。わが国の農漁業は担い手が高齢化。後継者不足が深刻化し、食料自給率の向上が国民的課題になっていただけに、これからどうなるか不安になりますよね。

 何と言っても、「食糧」は生きていく上で基本中の基本。また、地域の自然や歴史と密接にかかわっています。そこで、「岸和田再発見 第2弾」のテーマは「農業と漁業」。豊かな歴史と多面的な地形が織りなす「紋様」を探ってみましょう。

農業編

水稲、野菜、果樹、花卉……岸和田の農業は多様・多面的

 最近「地産地消」という言葉をよく耳にします。地域の自然条件に合った新鮮なものはおいしいですよね。でも、都市近郊の農業は大変です。都市開発で営農環境が悪化、担い手・後継者が減少し耕作放棄地も増加…。岸和田市もその例外ではありません。

 しかし、厳しい状況の中でも岸和田市の農家の皆さんはがんばっています。作付面積も農産物の生産額も大阪府の中では堺市に次いで第2位です。水稲、野菜、果樹、花卉・花木を個別に比べると岸和田市を上回る市・町がありますが、岸和田市はそれぞれが揃っており「総合2位?」ということになります。まさに、農業も多様・多面的です。

大阪府の農業(平成17年)上位5市(町)

表1
作付面積(ha)
1.堺市 1130
2.岸和田市 826
3.和泉市 775
4.泉佐野市 765
5.能勢町 758
表2
農業産出額(億円)
1.堺市 296
2.岸和田市 235
3.泉佐野市 232
4.羽曳野市 221
5.和泉市 201

農産物直売所「愛彩ランド」がオープン

 岸和田市内でも今年4月5日に「JAいずみの」の農産物直売所「愛彩ランド」がオープンしました。直売所には約700名の登録農家から毎朝、安全・安心で新鮮な農産物が出荷され、地元素材を生かした地産地消・ビュッフェ形式のレストランもあります。また、「地域の顔となる農産加工食品の提供を通して、昔ながらの伝統的、家庭的な味を伝えること」をコンセプトにした地元農産物の加工も行っており、連日多くの人で賑わっています。

多くの人を魅了するホタルの舞い。地元の人々の努力に感謝

 6月の中旬頃、津田川の上流(相川町)でホタルが舞います。多くの見学者が訪れ、ロマンチックな美しい風景に魅了されます。しかし、ホタルの餌となるカワニナを育てるため、農薬を使わず有機栽培を進めてきた塔原町や相川町の皆さんのご苦労も心にとめておいてください。

郷土の伝統野菜や、その調理方法は

 『なにわ大阪の伝統野菜』(農村漁村文化協会)は、23品目を取り上げ、その来歴・栽培・生産の特徴と調理・消費などを一体として解説。歴史と地域の両面から興味深く読めます。『大阪府の郷土料理』(同文書院)や『なにわ野菜 割烹指南』(クリエテ関西)は、伝統野菜の説明や料理のいわれ、歴史、調理方法も紹介されています。

江戸時代には、木綿の栽培も盛んでした。

 江戸時代の農業は米が中心ですが、泉南地域では木綿の栽培も盛んで「和泉木綿」と呼ばれていました。『岸和田市史』(第3巻)によると、「市域では藤井村・春木村が特に盛んで、他に中村・稲葉村などで生産が多かった」。幕末期(1866)では「春木村や藤井村は引き続き高い綿作率を示している。」とし、農民が絶えず新しい品種の導入に努力していた様子が紹介されています。

 また、『大阪の歴史力-江戸時代人づくり風土記』(農山漁村文化協会)でも、「地域の経済を支えた河内・和泉の木綿」や「農村の変化と農民の暮らし―商品作物の栽培で変わる農村」の項で木綿栽培の様子が描かれています。また、同書では、大坂で煙草や甘藷(サツマイモ)、茶、甘蔗(さとうきび)等も栽培され、岸和田藩では甘蔗を「特産物として栽培を奨励し、幕末には砂糖の専売制を実施」したことも紹介されています。

慶応2年(1866)諸村の綿作率(%) 『岸和田市史』第3巻より

表3
村名 綿作率
春木 50
真上 45
八田 45
神須屋 45
下松 30
加守 30
藤井 30
畑 25
西之内 25
流木 20
尾生 20
上松 20
土生 20
作才 20
野 20
別所 20
岸和田 15
沼 15
土生滝 10
阿間河滝 10
極楽寺 20

17歳の青年が泉南の特産物タマネギの発展の道を切り開いた!!

 綿花の栽培に代わる泉南の特産物として登場したのが、なじみ深いタマネギです。その発展の道を切り開いたのが、なんと17才の青年(坂口平三郎氏)だったとは驚きです。

 その生涯や功績は、孫である南野純子さんが『泉州玉葱と坂口平三郎』としてまとめ、昭和62年に発行されました。同じく孫である生長善孝氏も、同書の「発行に当って」で、次の言葉を寄せられています。

 「毎日の食品に供せられる食品のうち、タマネギ、キャベツなどの野菜は珍しくなく、わが国古来のものと思われるほど、ありふれたものとなっている。しかしながら、その来歴は未だ百余年であり、私の祖父・阪口平三郎が、若干17才にして、当時、困窮せる泉南の農業経済を救済するため、自力で試験農場『東皐園(とうこうえん)』を開設し、神戸にて米国人より入手せるタマネギを母球として、採取栽培したのが初めてである。」

 坂口平三郎氏は、品種改良を重ね、採取法、栽培法を成立させただけでなく、シドニーへの輸出ルートも開き、棉に変わる郷土の特産物として発展させる道を邁進しました。

 しかし、志を立ててから20年目、明治30年3月に37歳の若さで生涯を閉じました。氏の功績は、府道塔原線沿いの土生新田入口に建てられた「頌徳碑」(昭和7年建立)にも記されています。

キャベツやチーゼルも坂口平三郎氏が試植・奨励

 実は、タマネギだけでなくキャベツやチーゼルも坂口平三郎氏が試植・奨励した作物なのです。『泉南紀要』(大正6年、泉南郡役所刊)には、甘藍(キャベツ)については「初めて本郡に栽培したるは明治20年頃土生郷村阪口平三郎の試植に係り爾後消長を見たる後田尻村南中通村北中通村に傳播し…」、チーゼルについても「本郡に初めて栽培したるは明治20年土生郷村坂口平三郎の試植に出で爾後岸和田村岸田喜代門等が鋭意栽培法を改良し…」と記されています。

 チーゼルは、鉤状のトゲで覆われた苞ができる作物で、羅紗、綿ネル生地の起毛に用いられ、現在でも高級毛布やカシミヤ製品の起毛に使用されています。「以前は、市内の上町で植えられているのを良く見かけた」という方も多いのではないでしょうか。

泉州特産の水ナスや包近の桃、いちじくも特産品に

 なすの原産地はインド。奈良時代に日本に伝わり、各地方に適したものへと品種が分化。長い時を経て、今の「水なす」ができあがりました。水分が多くて柔らかく、独特の甘みを持つため、生でも食べられます。近年「水なすの浅漬け」は、高級漬物として全国各地に出荷されるようになりました。

 包近町では、山直線の道路沿いを中心に桃畑が広がります。夏になると完熟の「包近の桃」を求めて、遠方からも撰果場に多くの人々が訪れます。これらは今や岸和田を代表するブランド品。さらに、最近では「いちじく」の人気も高まり、特産品になりつつあります。

 そして、第12回全国果樹技術・経営コンクールで、尾生町の久禮広一郎さんが農林水産大臣賞を受けました。岸和田だけでなく大阪府でも初の快挙です。久禮さんは、温州みかん120アール、はっさく45アール、いちじく25アールを栽培する果樹専業農家。コストの徹底的な削減と、かんきつ・いちじくの組み合わせにより安定した経営が評価されました。

野菜の栽培方法や農業のことをもっと知りたいという方は

 図書館には農業問題から野菜や果樹の栽培方法、ガーデニングなど各種の本があります。農業関係【分類番号610~629】を中心に探してください。

 また、いずみの農業協同組合から『安全・安心な野菜・果樹づくり』や雑誌『家の光』(JAグループ(社)家の光協会)等も提供いただきましたので、参考にしてください。

漁業編

大阪府漁連が図書館でパネル展示

 大阪府漁業協同組合連合会のみなさんが、図書館2階で「大阪湾の魚」のパネル展示をしてくれます。また、各種パンフレットやクリアーファイル、ペーパークラフト等の資料も提供してくれました。夏休み(8月)には、講座も予定しています。お楽しみに。

魚庭(なにわ)の海の恵みで産業や文化を育んできた町

 『大阪府漁業史』(大阪府漁業史編纂協議会編 平成9年発行)という分厚い本を開くと、冒頭の座談会で、「大阪の食道楽というのがありますが、食道楽というのは稲作文化からの農耕、農本主義の中からは出てきません。これは間違いなく大阪で海のものを食べる、海との関わりの中で、大阪の文化がスタートしたのではないかと思います。」という発言に出会いました。「なるほど…。大坂湾は瀬戸内海という大きな湖のような海の一番入り込んだ所にある。海上交通や海の幸にも恵まれている。」「きっと、海の恩恵をいっぱい受けながら産業や文化を育み暮らし続けてきたのだろうな。」と、思いが巡ります。

チリメンモンスターを探せ

 「チリメンジャコにまじって見かける小さな生き物たちを探しながら、海の環境や生物の多様性、食べ物の大切さを知ってもらおう」という目的でつくられた『チリメンモンスターを探せ』(偕成社)、『はじめましてのチリメンモンスター』(きしわだ自然友の会)は、子どもから大人まで楽しめますよ。

岸和田の漁獲高は、大阪府で断然トップ

 「大坂湾周辺の先進的漁業技術は、中世末期以来、全国各地の漁撈技術の中で最も秀でており、漁民はその先進的な漁業技術をもって西国・東国に出漁し、技術を伝播」(前掲『大阪の歴史力』)していたそうです。その大阪府の中で岸和田市の漁獲高は第1位。何だか嬉しくなりますね。

 岸和田市には、春木の春木漁協、鰮(いわし)巾着網漁協、岸和田の岸和田漁協の3つの漁業組合があります。春木漁港では船曳網でいかなご・しらす、巾着網でいわし等を捕っています。岸和田市漁協では主に底びき網が盛んで、カレイやエビ類・カニ類等を捕っています。

表4
漁獲量(t) 平成20年
1.岸和田市 15,662
2.泉佐野市 1,656
3.岬町 1,035
4.阪南市 519
5.泉南市 322

木綿と共に大型商品に発展した「干鰯(ほしか)」

 海の生き物は、森を始めとする陸地の豊かな植生や動物から恩恵を受けています。森の豊かさが海の豊かさにつながります。そして、陸の生き物は「海の幸」の恩恵を受けてきました。

 それは動物の「食物」だけでなく、「魚肥」として農耕(植物)にも貢献してきました。その代表的なものが「干鰯(ほしか)」でした。

 「魚肥としては干鰯と〆粕が代表的であり、干鰯は鰯をそのまま乾燥させたもので、〆粕は鰯や鰊(ニシン)などを煮沸して魚脂を取り除いた後乾燥させたもの」(『大阪府漁業史』)ですが、総称して「ホシカ」と呼ぶ場合が多く、ニシンを乾燥させたものや雑魚等の肥料も「ホシカ」と呼んでいたようです。

 実は、木綿や藍、煙草などの商品作物の栽培が盛んになる江戸時代中期以降、この干鰯が大型商品になり、漁獲高を飛躍的に高めました。それに伴って海運・廻船業も発展します。つまり、海の幸である「干鰯」と和泉木綿が相互に貢献し合いながら商品経済をも発展させ、近代社会の到来とその中での繊維産業の興隆の基盤を築いてきたと言えるでしょう。

水産業や魚釣りの図書もあります

 水産業のことを学びたい人は【分類番号660~669】を。魚釣りに関心のある方は【分類番号787】を中心に探してください。

食べ物、料理編

 『なにわ大阪食べものがたり』(創元社)は、上野修三氏が春夏秋冬の「なにわの野菜・魚介」を大阪弁で紹介。食べ物の知識が豊富になりますよ。また、いずみの農業協同組合が毎年「JAいずみのファミリー野菜レシピコンクール」として、小学生を対象に、地元野菜を使った料理レシピを募集しています。料理研究家の藤村加代子先生を審査委員長に、「野菜」「料理」「楽しさ」「家族」について総合的に審査。その『入賞レシピ集』もコーナーに並べています。

 「料理」【分類番号596】は、図書館の人気コーナーの一つ。パン・お菓子、健康食、おかず、お弁当、日本料理、中国・東洋料理、西洋料理、サラダ・山菜、行事食等に分けて並べています。すぐに役立つ実用書もたくさんありますよ。「魚料理は苦手」と言う人には『魚さばき方事典』(Gakkenムック)などの本もあります。